「経験者だから、細かく言わなくても大丈夫だろう」。中途入社の受け入れで、いちばん抜けやすいのはこの前提かもしれません。初日に仕事をまとめて渡し、3か月たって「思ったより立ち上がらない」と感じる。そんな話を、わたしたちは採用の現場で何度も聞いてきました。
わたしたちの見てきた限り、経験者が迷うのは力不足より「この会社で何を期待されているか」が言葉になっていないからです。米国の人材マネジメント協会(SHRM)の財団の指針は「役割の明確化」を受け入れの土台の一つに置き、新しい職場で力を示すための持ち時間をおよそ90日としています。
この記事では、中途採用のオンボーディングで最初の90日を「見る・一部を持つ・任せきる」の3段に分け、上司が書く1枚の表にする方法を、記入例つきで紹介します。
中途採用のオンボーディングとは、何をそろえることか?
中途採用のオンボーディングとは、中途で入社した人が新しい職場で力を出せるようになるまでを、会社側が設計して支える取り組みです。研修だけでなく、仕事の期待や人間関係まで含みます。
何をそろえるかは、SHRM財団が2010年に出した指針の「4つのC」で整理すると見通しがよくなります。オンボーディングの研究で知られるタリヤ・バウアー氏が書いたものです。
- Compliance(規則):就業規則や社内のルールを伝える
- Clarification(役割の明確化):仕事の中身と期待を伝える
- Culture(文化):明文化されたもの・されていないものを含め、会社の流儀を伝える
- Connection(つながり):仕事で頼れる人間関係をつくる
指針によれば、規則はほぼすべての会社が伝えている一方、役割の明確化は一部にとどまる会社も少なくありません。中途採用では特に、経験者だから言わなくても分かると省かれやすい、というのがわたしたちの実感です。
4つ目のつながりの作り方は、中途採用のオンボーディングで最初に決める3つの記事で、初日に迎える人と上司との面談を中心に扱いました。この記事では、役割の明確化を90日の計画に落とします。
なぜ経験者ほど、最初の90日で迷うのか?
中途入社の経験者が最初の90日で迷いやすいのは、前職で通用したやり方と新しい会社で期待されるやり方の違いが、言葉にされないまま仕事が始まるからです。
同じ経理でも、締めの順番や承認の回し方、どこまで自分で決めてよいかは会社ごとに違います。経験があるほど前職の基準で動けてしまうため、ずれに気づくのが遅れます。
先の指針は、入社した人の適応を見る4つの手がかりのうち、仕事に関わるものとして「役割の明確さ」と「仕事をうまくやれるという自信」を挙げています。役割の明確さは、仕事への満足や会社への愛着を最も安定して予測する指標の一つとされています。
わたしたちが見てきた現場には、小さな逆説があります。即戦力として迎えるほど、期待は言葉にされにくくなります。「任せたから」と細かく伝えないことが、本人には「何を期待されているか分からない」状態として届くことがあります。
一方で、小さな仕事を1つやり切る経験は自信を育てます。大きな仕事を一度に渡すより、範囲を区切って段階的に広げるほうが結果として早く立ち上がる、というのがわたしたちの見立てです。
中途採用のオンボーディング計画は、最初の90日をどう3段に分けるか?
中途採用のオンボーディング計画は、最初の90日を「見る」「一部を持つ」「任せきる」の3段に分け、段ごとに任せる仕事と確かめる日を決めておくと組みやすくなります。
- 1〜30日:やり方の違いを見る
社内の仕事の流れを一周見てもらい、前職とのやり方の違いを本人に書き出してもらいます。任せる仕事は、終わりがはっきりした小さなもの1つに絞ります。最初から大きな仕事を渡すと、違いに気づく前に前職の基準で進めてしまいます。 - 31〜60日:仕事の一部を持つ
担当の一部を、本人の名前で持ってもらいます。どこまで自分で決めてよいか、誰に確かめるかの線をこの段で言葉にします。線が無いままだと、聞きすぎるか聞かなすぎるかのどちらかに振れます。 - 61〜90日:1つを任せきる
1つの業務をまとまった単位で任せ、上司は結果だけを確かめます。ここで任せきれた経験があると、4か月目からの期待を本人と上司が同じ言葉で話せます。
段の切り替えには、上司との面談を1回ずつ置きます。指針も、30・60・90日などの節目で進み具合を確かめるよう勧めています。面談は15分ずつで構いません。主に確かめるのは「次の段に進んでよいか」です。
表は人事が型を用意し、配属先の上司が書きます。内定通知書に「最初の3か月で任せる仕事」を書いている会社なら、それを3段に割り振れば下書きになります。
① 本人と上司:経理の中途入社(前職で経理5年)/経理課長
② 1〜30日(見る):月次締めを1回、横で見る。任せるのは経費精算のチェック(1日20件)だけ。30日目の面談で「前職と違うやり方」を3つ聞く。
③ 31〜60日(一部を持つ):売掛金の入金消込を担当する。差額が5万円以上なら課長に確かめ、それ未満は本人の判断で処理する。
④ 61〜90日(任せきる):翌月の月次締めのうち、仕訳の締めまでを1人で担当する。課長は締め後の数字だけを確かめる。90日目の面談で4か月目からの担当範囲を決める。
架空の会社の記入例です。件数や金額は、自社の業務量に合わせて置き換えてください。
オンボーディングは、入社してから始まる取り組みに見えます。けれど候補者から見れば、求人票で読んだ仕事、面接で聞いた役割、内定通知書に書かれた最初の仕事と、ひと続きの話の続きです。
90日の表は、その話を入社後に答え合わせする場所にあたります。求人票から応募、面談、内定、入社まで伝えてきた期待を、同じ言葉のまま最初の90日に渡せるか。そこがそろうと、採用の段階で聞いた話は本当だったと本人が確かめられます。
この表を受け取る一人の中途入社者は、最初の数週間を「自分は期待どおりに動けているのか」が分からないまま過ごしているかもしれません。前の職場で評価された進め方が、ここでも正しいのかを確かめる手段が無いからです。
30日目に「次に進んでいい」と言われる日があるだけで、本人は迷いを持ち越さずに済むかもしれません。表は上司の管理表ではなく、本人が自分の現在地を知る地図として渡すものだと考えています。
求人票や採用サイトで伝えた言葉は、入社後の90日で確かめられて初めて信頼に変わります。外に出す言葉と中で起きることをそろえる。その最初の一歩が、この1枚の表です。
今日からできる3つ
- 次に入社する人に、最初の30日で任せる仕事を1つだけ決める
終わりがはっきりした小さな仕事をやり切る経験が、指針の挙げる「仕事をうまくやれるという自信」につながると考えるからです。表を全部作る前に、この1つから始められます。 - 30日目・60日目・90日目の面談を、入社前にカレンダーへ入れる
段の切り替えを確かめる日が無いと、「任せた」と「放っておいた」の区別がつかなくなるからです。15分ずつで足ります。 - 「自分で決めてよい範囲」を、金額か件数で1行書く
役割の明確さが、入社後の満足と会社への愛着を左右するからです。「適宜相談して」より「5万円以上は確認」のほうが、本人は迷わずに動けます。
よくある質問
Q. 中途採用のオンボーディング期間は、どのくらいを見ればいいですか?
計画はまず90日で区切ると組みやすくなります。SHRM財団の指針は、力を示す持ち時間をおよそ90日としつつ、受け入れは入社後1年まで続け、30・60・90・120日などの節目で進み具合を確かめるよう勧めています。この表は最初の90日分です。
Q. 即戦力として採用した人にも、段階を分ける必要はありますか?
分けたほうがよいと考えています。経験がある人ほど前職の基準で動けてしまい、新しい会社とのやり方の違いに気づくのが遅れるからです。段を分けるのは力を疑うためではなく、違いを早く見つけるためです。
Q. 90日の表は、人事と上司のどちらが作りますか?
型は人事が用意し、中身は配属先の上司が書くのが現実的です。任せる仕事と判断の範囲を知っているのは上司だからです。人事は30日目・60日目・90日目の面談が実際に行われたかを確かめる役に回ると、表が書きっぱなしになりにくくなります。
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出典
Talya N. Bauer「Onboarding New Employees: Maximizing Success」SHRM Foundation(Effective Practice Guidelines Series)2010年(ジョージア大学が公開している写し) studentaffairs.uga.edu



